ショッピングセンターの一角にある、平場の街の本屋さん
こんにちは。
ますます暑い日が続いています。前回お話したように眠りが浅いのもあるけど、暑さで寝苦しいのもやっぱりあって、二度寝を諦めて5時頃には起きる。そんなときは朝ごはんも早めに食べて、歩きに行っちゃうことにしました。
やっぱ朝イチはまだ涼しい。日中の気温が当たり前に35度を超えるここ最近でいうと、朝の気温の体感は10度くらい低い気がする。
顔にあたる空気も湿度が低くて軽い。なにより足もとからこみ上げる、あの熱気がない。オーブンでいうと予熱される前みたいに、ひんやり落ち着いた空気感の素(す)のアスファルト。日中は、もう手が着けられないほどの暴力的な怒りをはらんだ熱気をどこかに忘れてきたようなおだやかさで、石とか土に近い存在にも思える。ああ、アスファルト、同じ人とは思えない(人じゃないけど)。
わたしは27歳くらいからアスファルトを、ごめんやけど、どこか憎んできた。大阪のオフィス街のど真ん中で働き始めたことがきっかけだ。梅田やミナミのオフィス街は、神戸人には驚きというか、尋常ではないと感じるような淀んだ熱気を街にためこんでいた。
蜃気楼を初めて目にしたのも大阪のオフィス街だった。オフィスビル内はむしろ凍えそうに寒いくらいクーラーがんがんで冷やされている。そんな建物から一歩出ると、熱気で通りの風景がゆらゆら揺れてみえた。東京砂漠というけれど、大阪も砂漠だと思った。
ビルの側面、背面にかたつむりのように張りついた室外機から吹き出される熱風。頭上から道路の隅々まで、そこを歩く人をじりじりと炙るような太陽。
ある日、ビルの間でゆれる蜃気楼を見ながら、大阪砂漠を汗だくでふらふら歩いていたら、足もとがぬるっと滑った。びっくりして、慌てて近くの木陰を探して、足をひょいと上げて靴の裏を見てみると、なんとあまりの熱さに溶けていたのです。靴底が。
えええ、クラークスのデザートブーツって、デザートブーツっていうくらいだから砂漠にはけるくらい熱に強いんじゃないの!?
いえ、それは砂漠の砂の話なのでしょう。石油から生まれたアスファルト野郎たちにとっては、話が違うのかもしれん。しらんけど。
自分が暮らしている土地は、そもそも地球は、砂とか石とか有機的なものが土壌だと思い込んでいた。でも、アスファルトってもうそういうのじゃないんよね。ある種の狂気をはらんだ土壌。砂漠で履く用の靴の底を熱で溶かす土壌……。
いや、そもそも英国陸軍の砂漠行軍用靴がその名の由来とはいえ、今はもうただのファッションアイテムにすぎないってことだろう。クラークスのブーツにも罪はない。
そもそも、利便性とコスパを追求してアスファルトを選んだ政策、方針がわたしの靴裏を溶かしたわけだ。確かに舗装されて便利ではあるけれど、うーむ、うーむ、見た目も黒すぎてぬめぬめして不細工だし(ごめんアスファルト)。
以来、夏は特にアスファルトを忌々しく、そしてちょっと怖くも眺めていたのですが、最近、朝の早い時間に歩いていると、彼らはいたっておだやかで、愛用しているHOKAやBrooksのスニーカーの靴底を、しっかりと包み込んでくれているような安心感さえ感じるのです。
もしかすると、他の誰よりもこの異常な暑さに苦しんでいるのはアスファルトの民たちなのかもしれません(急に「野郎」から「民」になってきた)。
こんなつもりじゃなかったのに。むしろ、もう消えていなくなりたいほど、つらい。暑い。我が身を溶かす灼熱……そんなふうに苦しんでいるかもしれない。
ごめんやで。人間のせいやな。
憎んでいた存在を見るまなざしを変えて、優しさみたいなものを取り戻せたのは、なぜでしょう。それは朝の涼しさのせい。わたしが身体的に負担を感じたり、不快感を抱かずにすんでいるから、他者に対して優しくできている。イライラして八つ当たりするような殺伐として気持ちにならずに済む。
快適さを金で買うのは、平和のためなのかもしれない。なんてふと思った。
だけど、ちょっと話が大きくなっちゃうけど、世界中で「抑止力」とかなんとかいって、平和のためという名目で核を保有する国、核兵器の数が増えている。あのすさまじい原子核反応で人の命も人生も奪う核兵器をつくりだす人間。
なんなんやろ……。世界平和という言葉が蜃気楼の向こうにゆらゆらみえて、それは不確かで、まるで幻のように思えてくる。平和が現実的に思えないという、今の社会の現実。
平和ってどうやったら訪れるのだろう。平和ってどういう状態なんだろうか。どんどん問いが大きくなる。いたってシンプルな問いのはずだけど。
わたしは思うんです。なにかを激しく憎んだり、なきものにしたいとか、あるいは怖がって先にマウントとろうとか自分が思わずに、多少の違和感はあっても「共存する」ってことを現実的に行うためには、まず最初にわたしの身体の「快」が必要なんじゃないかなと。めちゃくちゃ遠いように思えるし、遠いのかもしれないけれど、わたしが気持ちよく安心して過ごせることが、世界平和の第一歩ともなりうるではないかと。
あまりに小さなことだけど。
すでに自分が「奪われた」と感じている人の不快はどうすればいいのだろう。実際に奪われている人のもつ負の感情を責めることもわたしにはできない気がする。むずかしい。
わたしと、わたしの知り合いの人たちが世界平和への第一歩を踏み出したとしても、世界は広くて、複雑で、あまりにむずかしい。果てしがない。
でも、世界を歩き始めないと、なにも、なにひとつ始まらない。だから、せめて、クーラーの効いた部屋から出られるときは出て(アスファルトの民が怒りで熱気を立ち上らせる前の朝の時間とかに)、とにかくわたしの生きる世界を歩こうと思う今日この頃なのでした。
ここ数日、広島、長崎の話を新たに見聞きして、例年以上にリアルに想像して考えずにいられなかった。
これはたぶんこの先も考え続けることになるのだろうなあ。核兵器について。平和について。とてもかなしい、悔しいことだけど。具体的にも抽象的にも考えて、諦めずにいくしかない。
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さて、皆さん、お盆はどうお過ごしですか。関西もそろそろお盆本番に突入するあたり……と書きながら思い出したけど、昨日、お父ちゃんの命日だった!!! 忘れてた!!! ありゃ。こんな娘でごめん、父よ。
母の命日は、いまだに日が近づいてくると、どこか軽く緊張するくらいなのに、父の命日はいつも忘れてしまう……。でも、それぐらいの距離感で、父がわたしのなかにいてくれるってことに、ほっともしています。
そもそもわたしは命日は忘れても、このところ、毎日父を思い出しているのです。
『ほんのちょっと当事者』という本の「父のすててこ。」という章で書いたように、父が生前はいていたステテコみたいなものを、猛暑のこの季節めちゃ愛用しています(LANVINのライセンスものの綿パンというか。でも前たてが開いていて、メンズの下着仕様になっています)。

わざわざお見せするのもどうかと思いつつ、写真にアップしてみました。ドット柄でかわいくないですか? 笑
布地もわりと張りがあって、適度に涼しくて、形見というか、遺品のステテコを3枚ほどをローテーションしているのですが、ひとつ難がある。お手洗いに入って脱いでずり下ろす度に、父の名前を目にすることになるってこと。
認知症の症状が進んできた頃から、父は所有物に異様に執着を見せ始め、すべてのものに自分のフルネームを油性マジックで書くようになりました。一箇所とかではなく、耳なし芳一のお経のようにびっしりと。典型的な「もの盗られ妄想」の影響だったようです(ホームでも、自分の私物が「盗られるんや」と訴えていました。でも実際は誰も盗ってません)。
盗られても自分のものだとわかるようにと考えた父は、ステテコなら、ウエスト部分、裏のゴムのところに自分のフルネームをびっしり書き込んでいます。
(これは写真で見せると生々しいのでアップしません)
そのため、わたしは尿意をもよおす度に父の名前を嫌でも目にして、存在を思い出し、声さえ聞こえてきそうな。もうこんだけ毎日何回も父を思い出してるんだから、命日くらい忘れてもええ気がする。
しかもトイレで思い出して、ごめん。
ふふふ。笑ってしまう。
父はそんな娘を見てちょっと怒っている気がする。履かんでええ、捨てたほうがええんちゃうかって。
そんな不機嫌な父を思い出すと、笑ってしまう出来の悪い娘。たぶん、この先もずっとそうなんだろうな。ステテコ、ありがとう。父、ほんとごめん。
書くつもりじゃなかったことを書いてしまった。これもお盆のせいでしょうか。
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二つお知らせを。
JR神戸駅構内のプリコにある大垣書店さんが、この8月16日をもって営業を終了されます。涙。
32、33歳の頃、2年ほどだったと思うのですが、神戸駅のすぐそばで一人暮らしをしていました。当時在籍していた編集部のある大阪まで新快速が停まるので、とても便利なマンションのワンルームで、部屋から駅のアナウンスが聞こえるほど、ほんと近かったんです。
当時はプリコの前身の商業施設だったけど、今も神戸駅は「ホーム」のような気持ちを持っていて、たまにプリコにも立ち寄っています。大垣書店さんも少しずつ売場を縮小しつつ、頑張って「街の本屋」としてそこにいてくれたので、閉店はやはりさみしい気持ちです。
(乱暴な言い方になるけど)びしばしにセレクトされた品揃えというわけではなく、売れてる自己啓発や健康本、ベストセラーの小説文庫版、雑誌などをベースにぎゅうぎゅうに並べている街の本屋さん。
もちろんそれぞれのお店ごとに、やっぱり微妙に本棚は違うし、この大垣書店プリコ店だと神戸ならではの本も前に出されていたり、個性は必ずあります。でも、そのお店のカラーがどうとかの前に、本を買おうと思ってなくても、隣の成城石井でチーズを買う延長で、東野圭吾さんの小説をついでに買えるような許容の広さがあるというか。
街の本屋さんって、そういう感じがいいところだなって思う。
思えばわたしを育ててくれた本屋さんの多くも、商業施設の一角にある平場の本屋さんでした。垂水駅前にはいい街の本屋さんが何軒もあったんです。
子どもの頃からいちばん好きだったのは、駅前の商店街にあった2フロアの文進堂さん。表には棚に面だしされた雑誌が並んでいて、入ったすぐのあたりに週刊誌や『主婦の友』とか。奥が文芸の単行本と文庫。地図なんかも置いてあったり。2階がいわゆる人文系で、大学の赤本まで揃っている中規模の書店さん。階段はぎしぎし音が鳴ったような。
駅前の再開発とともに商店街からビルに移転して、やはりここもじわじわと売場を縮小して2017年に閉店。筒井康隆さんのお住まい(神戸の本宅みたいな家)がご近所だったので、昔のお店にはときどき来られていたそうです。
垂水駅から横断歩道を渡ったど正面にあった広文館さんは、超こじんまりした空間ながら、文芸の新刊もツボもびしっと押さえまくったラインアップだった。もちろん文庫本も売れ筋をびしっと(新大阪とか品川の駅中本屋さんみたいに)。
雑誌の品揃えもとてもよくて、自分が月刊誌をつくるようになってからは、毎月発売以降、レジ前の超一等地に平積みしてもらっているヤマが減ってるかな、どうかなと、必ずのぞいていた(ついでに通勤で読む本を買うという感じ)。ここも今はない。
垂水の駅高架にある「たるせん(垂水センター街)」の流泉書房さんは、今は西側エリアにあるけど、リニューアル前は東側エリアのど真ん中にあって、細長い島のような売場風景だった。
わたしはここの文庫コーナーで講談社+α文庫に出会った。とくに溝口敦さんのアウトロー系はぜんぶここで買ったので、今も思い出すのは、そのあたりのコーナーの風景。実社会についての深い学びのきっかけをいただいた場、という気持ちになる。
そもそも社会人になるまで、単行本なんて買ったことがなく(お金がなくて買えなかった)、もっぱら文庫を読んでいた。
それで思い出すのは、垂水駅の改札口(西口)のあいたスペースで、時々、100円均一の古本市のようなものがあったこと(市といっても、4段くらいの本棚3列ほどの規模だけど)。18、19歳の頃、有吉佐和子さんの『非色』を買ったのもその100円古本市だった。
あと、和久峻三の法廷ものをそこで買ってハマった。和久峻三は作品数が多いしよく売れているから古本流通数も多いので、必ず未読のものが5冊は買える。「尊属殺人」という言葉も和久峻三さんに教えてもらった(そういえば、垂水駅のあの古本市は誰が開いていたのだろう……当時は考えたこともなかった)。たぶん30作品ほど読んでちなみに「和久峻三」という作家名は、それから数年後に『噂の真相』という雑誌で裁判沙汰を目にするようになり、感慨深かった(その頃はもう読んでいなかった)。
駅のなかに本屋さんがある、って昔は当たり前のように思っていたけれど、もうずいぶんと時代が変わってしまったんだなあ。
神戸駅の大垣書店さんも、頻繁に利用していたわけじゃないので、無責任というか言いにくい気持ちもあるが、やはり、くりかえし、さみしいという言葉しか見あたらない。
せっかくなので、絶対に読みたい本を買おうと選んだのがこれ。
