「自分」と「社会」の折り合いをつけてくれる本、本屋さん

熊本の地震と、揺れる自分と社会の関係。ある本屋さんの営業終了のお知らせで感じていること。
青山ゆみこ 2026.08.04
誰でも

こんにちは。

このところ眠りが浅く、夜中に何度も目が覚めます。それは主にご飯を欲しがる猫たちのせいなんですが、ここ数日は、もしかしたら熊本の地震、そしてその後の被災状況を目にしているからかな、とも思っています。

水道、電気、ガスといったライフラインがダメになると、生活がたちまち立ち行かないってこと、日常でも経験しますよね。

例えば、うちはマンション住まいなんだけど、配水管清掃なんかで半日断水するだけでも、地味にこたえる。トイレが流れないだけで、「普通に生活できてない」ってなんだか心許ない気持ちにわたしはなる。

でも、それってうちに限った状況なので、断水時間帯にトイレに行きたくなったら、近所のスーパーとか図書館とか、商業施設でも行けばいいわけで、ただ不便ってだけのことなんです。

災害時に水道が止まるって、もっと長期間の話になるし、そもそもいつ復旧するのかわからない。予測不能の未来があって「いつまでこの不便が続くのか」という不安を抱える心はとてつもなく重い。

さらには、ここ最近の異常な猛暑。酷暑。こんななかで電気が止まるって。クーラーもない避難所で生活せねばならないなんて。

暑さで絶え間なく吹き出す汗、その汗が肌をねばねばさせる不快感、じっとしているだけでイライラ不機嫌にもなってしまうし、気力体力が削られて、希望的観測をもとうとしても、それを上塗りしてくる絶望感みたいな暗い気持ち……。

わたしが被災した阪神・淡路大震災は1月に起きた地震から始まったので、寒さはキツかったけど、防寒着を着込めばなんとかなったし、かなりの場所では電気はある程度早く復旧した覚えがある。

当時の生活圏だった神戸郊外の自宅と、勤めていた会社のあるポートアイランドあたりは、水道は1か月、ガスは3か月くらいだったかな。電気はどうだろう。もっと早かったような(自宅の電気は数時間で復旧した)。

熊本の被災地の報道されるごく一部しか知ることはできないが、まだ電気が通ってない地域がかなり多そうで、酷暑に耐えている人の声が悲痛に届いてくる。いや、だって40度とか、冷房効いてる部屋で過ごしていて、ごく短時間外出するだけでも無理でしょ……。どれほど過酷なのか。

トイレのことも気がかりだ。さすがに生々しい状況を映像で映すことはないけれど、衛生状態もそろそろ限界だろうし、暑さが腐敗臭を生む。電源の切れたままの冷蔵庫で発酵するかつて食糧だったものが生む匂いって、耐えがたい不快感だけでなくやりきれなさも伴うだろう。そんな一つひとつが大きなストレスになることは想像に難くなく、否応なく気力体力を削っていくことだろう。

きっと、このレターをお読みの皆さんも想像するだろうことをそんなふうに想像して、なにもできない自分の無力感に心が引き裂かれるような気持ちになって、できる範囲のほんとうにささやかな募金などをせめてして、SNSに流れてくる現状を眺めているわたしなのです。

尋常ならざる出来事と、自分の日常。

渦中にいないわたしは、始終被災地を想像しているわけにはいかず(そして、忘れてしまう瞬間もある)切り離して生活するしかない部分と、そんな自分に対して、言いようのないなにかを感じている。うまくバランスなんて取れず、取れないものだと納得しつつ、うまく眠れない。そんなここ数日。

たまに目にする人の善意に励まされてもいる。善意は自分に向けられていなくても、こんなに力をもつんだと深く実感している。

同時に、人の悪意とか、そこまでいかなくても無神経さに、薄く魂が削られる。そんなことが交互にやってくるのもキツいなって思う。

SNSの見すぎなのかもしれない。

東日本大震災の頃のツイッターはアルゴリズムなんてまだあんまなくて、時系列で情報が流れてきて、フォローしている人のある程度信頼できる拡散情報に触れることができたけど、SNS状況はすっかり変わった(ということを今回またまた激しく痛感した。ていうかめちゃくちゃひどくなってないですか?)。

情報とどう付き合っていけばいいのだろう。正しい情報をどう得ればいいのだろう。そんなことまで頭を悩ませないといけない状況になっていて、そういう時代の流れをつくってきたのも自分たちの世代なのかもしれない……などと反省まで始めてしまうので、過剰にSNSに張りつかないようにしなきゃ、と思いつつ、見てしまうのだが。

なんかもう、いろいろむずかしすぎるわ。
他人事ではいられない出来事が次々と起きて、けど、ぜんぶは深く考えられるわけないやん。自分の生活かてあるねんし。

自分の生活、ってどこまでをいうのだろう。自分のなかにあるこの問いはますます大きくなっている。簡単には答えが出ないことがわかっているので、気になった本をできるだけ読んでいる。それしかできない、と、それならできる、という気持ちで。

本を読むというのは、わたしには社会と自分の折り合いをつける、ひとつの手段なんだと思う。本がその橋渡しとなってくれる。
無力感に押しつぶされないように、読まなくても手に取ったり、積んでおくだけでもしようと思う。あるいは、本屋さんで棚を眺めるだけでも、なにかしら、自分が社会と関われる、って信じている。

昨日、ときわ書房志津ステーションビル店さん投稿がタイムラインを流れてきて、力が抜けてしまった。

ときわ書房志津ステーションビル店
@tokiwashizu
皆様にお知らせ申し上げます。<br />
ときわ書房志津ステーションビル店、本年10月25日(日)をもちまして営業を終了致します。<br />
定期借家期限に伴う契約満了のためです。<br />
お客様、関係者の皆様のご支援によりここまで続けて来られたこと、スタッフ一同心より御礼を申し上げます。
2026/08/03 12:05
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ときわ書房志津ステーションビル店さんには、実はまだ一度も行ったことがない。

だけど、棚の並びを見たり、イベントや取り組み発信など目にするだけで、なにか深刻な出来事が起きて自分が戸惑っている際に、大きなヒントをもらえることが多かった。
本屋さんは本を売る場所だけど、それだけではない。ときわ書房志津ステーションビル店は店長の日野剛広さんが「中の人」として見える本屋であり、街の本屋さんだから可能なフレキシブルな動きがあると教えてくれていた一軒でもあった(日野さんの投稿を通して感じる番頭Mさんの存在感にも惹かれていた)。

本屋とは本というものが並ぶ場所であり、本を書いた、つくった人の気配が漂う場所であり、そこに並ぶ本の気配に惹かれた人が生身の身体をもって集まる場所であり、つまるところやっぱり「人」だと思う。

ときわ書房志津ステーションビル店は身体性が高い場所で、それはほとんど擬人化されたなにかのようで、わたしは勝手に「社会で生きる仲間」として頼っていた。実際助けられてもいた。

だから営業終了という文字にとてつもなくショックを受けた。
自分の書いた本も棚に並べてもらったりもしているけれど、そうした、いわば商業的な関わり以上に、一緒にこの社会を生きる心強い仲間がいなくなるの? そのことに言葉を失うような衝撃を受けたんだと、翌日の今になって思い当たっている。本屋が減るとか、数の問題以上に。

店長の日野さんには、拙著『ほんのちょっと当事者』(ミシマ社)の増刷時には帯コピーも寄せていただいたこともあり、『相談するってむずかしい』(集英社)は憧れていた「志津ノーベル賞」で、2026年の「人間をみつめる」部門で選出いただいた。感激だった。他の本も自分が感銘を受けた本、気になる本ばかりで、棚の前に駆けつけて一冊ずつ眺めたかった。

できたはずやん。なんでせんかったん? 

「いつか」「いつか」ってぼやけた夢の合言葉のような呪文を唱えて、折角の機会をスルーした自分が愚かに思えて、落ち込んでしまった。

せめて10月末までに必ず行こう。

本屋さんは「場」であり「人」だから、その場所を感じて、体験しなきゃ(これはあくまでわたし個人の考え方です)。そこに人がいて、その場をつくっている間に行かなきゃ。

あと3か月しかない。でも、あと3か月はある。
今までも本当にありがとうございました。10月末まで、どうぞよろしくお願いいたします(という気持ちしかない)。

お近くの皆さん、ぜひお店に。どの口が言うって感じの恥ずかしさを抱きつつ、お願いしたい。

(おわり)

昨日書いたものをぜんぶ捨てて、今朝の気持ちを新たに書いてみたものの、やっぱりうまく言葉にできなかった気がします。それでも「うまく言葉にできないもの」を、そのまま皆さんに共有してもらえたらと。わたしのじたばたしたワガママなんですが。お付き合いくださり、ありがとうございます。

この無料のレターは、有料サポート支援くださっているサポーターの方々のおかげでお届けできています。サポートメンバーの皆さんには感謝の気持ちしかありません。本当にありがとうございます。

来週はいつものように月曜の夕方、レターをお届けします。次回はサポートメンバーの方に読んでいただくものになる予定です。

今日は少し暑さがぐっと控えめな神戸です。皆さんのお住まいのあたりはいかがでしょうか。こんな寒暖差も地味にこたえる気がします。被災地の復興が一日も早く進むこと、ただただ祈るような気持ちです。末筆となり恐縮ですが、被害にあわれた方に心よりお見舞い申し上げます。できることを探したいと思います。

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