戻ってきた

サポートメンバーの方に読んでいただくとりとめない日記のようなもの(「日」記は書けないので「週」記みたいな感じだけど)。
青山ゆみこ 2026.05.25
サポートメンバー限定

こんにちは。
もう前回レターを書いてから1週間が過ぎたんですね。毎回わたしは時の経つ早さに驚くのですが、でも、ちょっと気がついたんだけど、そもそも「時が経つ」設定をわたしは間違えているんじゃないだろうか、と。

つまり、わたしは「早い」と驚いている時間の経ち方が「標準」で、時間というのはもっとゆっくり過ぎゆくものだと想定している設定が「ズレている」のではないか。

ああ、時間か。これは哲学的なゾーンで(わたしのなかでは)、ごめんやけど、今はそんなこと考えてる暇ないわ。時間が足りなくて焦ってるんだから……と時間のことを考えられずにいた週明けの今朝。

起きたとき、かすかに「抜けた」感触があった。なにが抜けたのかわかんないのだが、ずっと身体と心にぬらりとまとわりついていたものが、ちょっと外れてというか離れて、少し軽くなった。自分の感覚の生っぽさが戻ってきた。そういう感触。

例えば、メンタル不調の渦中はこういう心身の感触の変化がなかなか感じられず、そのことがもどかしいような、自分を責めたいような(なにもできない人間だと)気持ちになることが多かった。

2021年の初夏、カウンセラーの伊藤絵美さんによる「ストレスコーピング」のオンライン講座を受講してからは、小さいけどなにかこう幸せというか、悪くない気持ちや感覚をできるだけ意識して「留める(メモするなど言語化したり、頭のなかで眺めてなぞってあげたり)」ことをし始めた。

ちりもつもればというように、よきものも小さいけれど確実に自分のなかに貯まっていく。それが今のわたしの中に、確かにある。
(大きな缶に1円貯金するような、ほんとうに小さな小さな蓄えなんだけど)

そういう小さくても確実なもの、例えば、自分の変化を認識することもそうだ。そうしたことに自覚的でいることの意味の大きさをわたしは学んできたのもある。

今朝起きたときに、なにかが変わった。抜けた。そう感じたとき、これは見逃さずに、指差し確認するように、明確に意識した。さらに、うまくいえないけど、「ありがとう」と自分を拝みたくなるように、喜びも認めた。わたしはほっとした。なにより嬉しかったのだ。自分が喜んでいることを、改めて言祝ぐつもりでここに書いています。読んでくれる人がいると、ますます自分の変化を信じられるから。

自分の変化に気づくって、相変わらず自分ひとりではむずかしい。わたしのことだから、自分がわかるはずなのに、それがなによりむずかしい。

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