読み初め&『ほんのちょっと当事者』(ちくま文庫)のこと
新年おめでとうございます。
今日から仕事始めという方、多いのではないでしょうか。
元旦からお仕事だった人もおられることでしょう。医療関係の知り合いはそうでした。頭が下がります(マイ行きつけの本屋さんの一軒である、神戸のジュンク堂書店三宮店さんも元日より営業されていて、ありがたかった……)。
フリーランスとはいえ、家族が勤め人ということもあり、わたしも暦通りに予定を組んでお盆やお正月は「仕事から離れる」ようにしています。
なのでわたしも5日が「仕事始め」と決めていたんだけど、そしたら昨日の夜はにわかに心がブルーでした……。
特に嫌な仕事があるわけでもない。単純に「やらなきゃいけないことがある」という状態がしんどい、みたいな。それでいくとね、この年末もやっぱりめちゃしんどかった(急に思い出した)。
お正月を迎えるって、なんでこんな圧がかかるのかな。ネバならない教、するベキ教の強い教えから解き放たれる日はくるのでしょうか。ここ数年でずいぶんとゆるんできたはずなのに。
年中ブルーとは無縁のあーちゃん(三毛)とぶぅちゃんからも新年のご挨拶「ゴハンクレ」
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今年の三が日は、『男はつらいよ』みたいに家族がどうとか、家族とどうとかなんて事件も一切なく、会いたくない人に会うこともなく、小津安二郎作品の笠智衆みたいな(ただのイメージです)穏やかさでした。ありがたいことです。
なので本を読めました(やたっ!!)。
実はわたし、昨年の12月下旬頃から『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』にハマっていたんですね。アニメーションも流行っているようですが(映画化もされていますが)、廣嶋玲子さんの原作にハマっちゃった。
意外な展開とか、話がおもしろいのは当然だけど(ドラえもん+笑うセールスマンみたいな要素)、なんせ文章がうまい(誰に言うてるねん。すみません)。
児童書なので言葉選びも平易で読みやすいのが前提です。その上で、地の文と心の声、台詞部分の使いわけも絶妙で、一行でぱっと時間や場所を変えるテンポの良さとか、文章の技巧的なことも、物語の構成の面も、とてつもなく完成度が高い。無駄な一行がひとつもない……。
そうした文章って、なんてことなさそうに「読めてしまう」けど、この「読めてしまう」「読ませてしまう」ことがどれだけすごいことか。書き手である自分にはわかる。すげー。
飽きっぽい子どもでさえ、ぐいぐい読んでしまうのもわかる。おそらく「本が好きじゃない」子だって、「本を読んでる」なんて忘れるほど心を鷲づかまれるだろう。それでいて、人の心の複雑さ、簡単に切り分けられない善悪についてがものすごく丁寧に練りこまれている。そんなことにも震えていました。
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この『銭天堂』はさすが人気シリーズとあり、神戸市の図書館を検索すると蔵書がめちゃくちゃありました。超爆発ヒットしたときから少し時差があったのがよかったのか、予約待ちがほとんどなく、気兼ねなく借りることができたんです。
児童書は見開きの文字数もページ数も少ないものが多いので、一気に読んじゃう。なので、わたしは購入せずに借りて読んで終わりになっちゃうことが多い(ごめんなさい)。
もちろん読み返したいと思った作品は買い直す。『秘密の花園』だと、新潮、角川、光文社版の3冊を本屋さんで購入して手元に置いています。
そして、「予約待ち」が多い本だと(例えば『モモ』みたいな作品は図書館の蔵書数が多くても、いつも順番待ちです)、子どもの予約を押しのけて、大人のわたしが借りるのはルール違反(に感じてしまう)。なので、買います。
児童書に限らず、「図書館利用」と「書店購入」の使いわけは、ケースバイケースだけど、そんなふうにざっくり自分なりの理由をもっています。著者でもあるので、「新刊が売れて欲しい」という気持ちがまず最初にある。
わたし自身も本はできるだけ新刊を本屋さんで買う。でも新刊書店に並んでいない、少し前の本だと、図書館で探す方が早い。買いたくないというより、図書館で借りる方が早い。そういう理由のときもある。
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さて、『銭天堂』はひとまず今出ている20巻まで読んで、作者の廣嶋玲子さんの『十年屋』シリーズもいいと本読み友達に勧められたので、年末の滑り込みで借りてお正月に8巻まで読みました。
これまためっちゃいい(こっちの方が好きかも)。
わたしは韓国ドラマでも、とりわけ時代劇ファンタジーが好きで(ここ数年の不動のベストが『還魂』)、妖術、魔法がいまも大好きですが、廣嶋玲子さんの本を読んでいると、やっぱ魔法いいなあと最高にわくわくした。
ダーク要素の混ざり具合も絶妙だなあ。たまらん。
そんなわけで『十年屋』シリーズで2025年を読み納めて最高にわくわく幸せだったのでした。
で、2026年読み始めは、1003さんでお取り置きしてもらったのを買い納めしていたこの一冊。
ニルヴァーナ通ってたら、サッカー見てたらとか、島田さんと津村さんが深いところで共鳴してるのわかったから羨ましかったり。
生きること、書くことの実践が淡々と語られる名著。
たまらんくなっていたら、今度は思い切り違う感じのものが読みたくなって、2日は韓国の作家ク・ビョンモ『破果』(小山内園子訳/岩波書店)をふと手に取った。
実はこの『破果』、最初の10ページまではもう3、4回読んでたんです。でも、毎回そこから進めず、気づけば2年も積んでいました……。
乱暴に言ってしまうと、ものすごく独特の文体で、簡単に読ませてくれない。一語一語が、複雑に絡み合うように書いているのかと思うほど(たぶん、そうなのだろう)。でも、その分、一文の深度がすさまじくずしり。深い。
内容は超ドライな辛口の社会派ノワール小説で、65歳の女性の殺し屋が主人公。切れ味鋭すぎるし、緊張感で全身ばきばきになるほど。だからたぶん、気軽にささっと読めなかった。だけど、絶対に読んだらすごいんだろうとわかってた。で、2年が過ぎていたというわけです。
結論からいくと、今回は一気に読んだ。読まされた。2026年小説初めとしてこれ以上ない一冊でした。
独特の文体が読み手であるわたしの身体と波長が合ってきた頃には、「読みにくい」なんてことまったく思わない。むしろ気持ちよくなっていた。
背景に練りこまれた時代性や、ジェンダーや封建的な社会構造、貧困……。女性の主人公をはじめ、登場人物のキャラの魅力、絶妙な比喩、なんせ圧倒的な筆力。
3時間の映画をぎんぎんに集中して見て、映画館から出たときのあの全身からいろんなものがぷしゅうっと抜けていくような感触を久しぶりに小説で味わった。
(読中の異様なまでの緊張感は、金原ひとみさんの『YABUNONAKA』とか川上未映子さんの『黄色い家』も思い出します)
3日の午後に『破果』を読み終えて、魂が現実に戻るのを待って、また夜は児童書『十年屋』でチューニングをゆるめる、みたいな三が日でした。
どんな本でもいつでも読める、なんて人、いるのだろうか。
いつでもどんな本でも読めるってこと、わたしはない。
「本を読む」っていうけれど、「読めない」ことを確認するために、つまり「読まない」という行為であるとも思うんです。
食べるものもそうで、そのとき自分がなにを食べたいとか、食べてよかったとか、違う日に食べたらよかったとか、「食べてみないとわからない」じゃないですか。本も同じように思うんですよね。自分がいま「読まない」ことを知るために「読む」ときもある。
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そういえば、皆さん、ご自宅の本の置き場所問題、どうされていますか。
読んで震えて手元に絶対に置いておきたい本。家にあるといいけれど、もう読み返さないかなあって本。一度読んで大満足、もうたぶん二度と読むことはないよなって本。実用書なんかだと、必要がなくなるって本。いろんな本がある。
だけど、わたしの場合一番多いのは、もしかすると一生読めない(読まない)かもしれないけど「いつか読むんじゃないか」って本だと思う。
でもですね、というかですよ、買った時点ですでに「読んでいる」とも思うんです。続きを読みたいから、積む。読んでないから積んでいるわけじゃない。ちょっと読んだから(それが出版社の紹介文であっても)、残りを保留にしているわけです。
などと考えながら、家の床にびっしり積み上がる積ん読本のほこりを払いつつ、この年末年始もまた全く整理できなかった青山でした。
床置き本を見るたびに、早く仕事部屋を探さないとなあ、と焦るような、でも楽しみなような。1月下旬に大学の後期授業が終わったら、また内覧なども再開したいと思っています。ご報告しますね。春、どうなるのかなあ。どきどき。
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さて、今日はお知らせがあります。
2019年11月にミシマ社から単行本が発行された『ほんのちょっと当事者』が文庫になりました。わたしも大好きな筑摩書房のちくま文庫さんです。発売は1/10ですが、書店さんによっては前後するかと思います。見かけたら手に取っていただけたら嬉しいです。
単行本は名久井直子さんの装丁デザイン、細川貂々さんのイラストでした。この単行本はこれからも『ほんのちょっと当事者』の世界観を伝えて届け続けてくれると思う。引き続き大事にしていきます。
そんな単行本が出てから約6年。40代後半から50代前半、想像以上に(というか想像もできていなかった)積み上がった人生を、「文庫版のためのあとがき」として原稿用紙20枚ほど足したのが、今回のちくま文庫版です。
本文は書いた当時の時代性、「その瞬間」をそのまま残したくて、あえて大きく触らないことにしました(そんな詳細も文庫版に書いています)。
単行本とは違う本という意味で、装い新たにつくっていただいたちくま文庫版は、中嶋香織さんによるデザインです。
わたしの大好きな津村記久子さんの『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)や、このレターでも紹介したことのある児童文学の名作ジョー・コットリル『レモンの図書室』(杉田七重訳/小学館)の装幀も手がけられた中嶋香織さん。担当編集のKさんのおかげでお願いできて、とってもとっても感激です。
その中嶋さんが、装画担当にご提案くださったのが芦野公平さんでした。
芦野さんはとても多彩な作風をお持ちで、「え、『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』のあの表紙の絵も!」「山内マリコさんの『きもの、どう着てる?』のあのかわゆいイラストも!!」とわたしもあとからあとから驚くことになったのですが、すばらしい書籍のイラストレーションの仕事を数え切れないほど手がけておられます。
そして、今回の当事者文庫では「カマボコくん(とわたしは勝手に呼んでいます)」というキャラを描きおろしていただきました(中嶋さんが最初に着目して提案くださいました。すごい)。
このカマボコくんはとても不思議な存在で、「ほんのちょっと当事者」であるわたしが関わる、さまざまな物事、状況を可視化&具現化してくれる存在であり、同時に、わたし自身の分身でもある。うまくいえないけど、存在の有り様が重層的なんです。
それぞれの章にカマボコくんが挿絵として登場してくれます(目次などにも)。それが実に深い……。誰が、どんな視点で、なにをどんなふうに捉えるのか。
カマボコくんがわたしの拙い文章をさらに厚く、広げてくれているように感じます。芦野さんにイラストを描いていただけて、本当に光栄だし、新しい意味が生まれたことに感動しています。
そして、この文庫の解説を誰に? ぱっと思い浮かんで、もうこの人しかいないとお願いしたのが、画家で漫画家で随筆家でもあるアーティストの小指さんでした。
わたしが解説に寄稿いただいた文章を読んだのは、「文庫のためのあとがき」を書いたあとなのですが、びっくり。アンサーというか、連歌のような……。
小指さんのこの文章を読んでもらいたくて、手に取っていただきたい。そう言いたくなるような胸にしみいる解説です。小指さんの文章のめちゃくちゃファンなので、とても嬉しいです。
装丁デザイン、イラストレーション、解説のご寄稿……とっても大事な、贈り物をいただいたようなこの文庫本。担当編集のKさんに心より感謝申し上げます(彼女との関わりについてもほんの少し本のなかで触れています)。
本年も、この文庫も、どうぞよろしくお願いいたします。
(おわり)
いつも執筆をご支援くださっているサポートメンバーの皆さん、おかげでこのレターを継続してお届けできています。心より感謝申し上げます。コメントには少しずつご返信しています。お待たせしました!
そして、次回に改めてお伝えする予定なのですが、1年書いてみたこのレター。次回以降は、基本は「サポートメンバーの方に読んでいただくレター」となる予定です。本屋さんのことや、お知らせなどはどなたでも読んでいただけるようにしたいとも思っています。
他のSNSとの「書き分け」みたいなところを整理したくなったんです。そんなご報告を次回聞いてください。懲りずにお付き合いくださいませ。
それはそうと、鈴木智彦さんちの猫、今日、5匹が生まれていました。見られましたでしょうか。
うちの猫たちも(シャーちゃん、あーちゃん、ぶぅちゃん)もこんなふうに生まれてきたんだなあと泣いていました……。
あと、1月のことで、ゆるっとお知らせを2つ添えます。
●2026年最初の「ゲンナイ会」は24日(土)朝の開催です。あと数名の受付が可能です。詳細はこちらのnoteより。
●マンツーマンのインタビューセッションのような、ちょっと真剣なお喋りのような。「話を聞きます」の1月受付はこちらより(土曜がほぼ埋まっています)。
ご興味ある方、気を楽にご参加ください。
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