行きたいと思える本屋さんが、わたしを西行きの電車に乗せた。自分を動かすのは、自分ではないもの
皆さん、こんにちは。
先週はレターをお休みさせてもらい、ありがとうございました。どこか罪悪感のようなものを感じつつ、でもきっと「大丈夫ですよ〜」って思っていただいてるという勝手な安心感もあり、ありがたかったです。
フリーランスなので連休といっても「出社しない」とか大きな変化はないのですが、今年度は「気分」を優先しようと思い立ち、お休み気分でなにかしたいなあとぼんやり考えていたのが、連休前に締切を抜けた直後のこと。
ちょっと話が遡るのですが、夫が昨年の春にウォーキングを始めたんです。でも、ほどなく訪れた酷暑で挫折し、一瞬しかなかった秋を逃したら、厳寒の季節はもうなかったことになっていました……。でも今年の春先からまた「歩いてくるわ」と家を出るようになり、4月も機嫌良くいろんなところを歩いていました。
どうやら、なかで特に気に入っているのが須磨らしく、辿り着いたあとは、海岸の端っこのベンチに座ったり寝転んだりして、本を読んだり居眠りしたりしているそうな。
へええ、須磨かあ。いいよねえ。確かに須磨は気持ちがいい。須磨に吹く風の心地よさを確かに知っている。
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わたしは神戸の西の郊外、垂水で生まれ育った。須磨区は垂水区のお隣さん、なので「幼少期〜思春期文化圏」にばっちりハマる。自分にとっては「心の距離が近い」場所なのだ。
ただ、数年前、両親を立てつづけ見送って、実家ももうない。彼らの晩年は、わたしが元町から西に向かう電車に乗るのは、なにか問題があったときばかりだった。
そんなことが引っかかっていたのだろうか。わたしはどこか西に向かう電車を避けていた。
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もう40年ほど前、まだふっるい昭和な水族館があった小学生の頃(入り口すぐに大亀がいた頃)、母はよく弟とわたしを連れて(兄は砂浜も潮風も好きじゃなかったのでこなかった)、秋も冬も春も、つまりオフシーズンに海岸によく遊びにつれて行ってくれた。海水浴客のいない、流木なんかが流れ着いたさほどきれいでもない砂浜で、貝殻とかかぴかぴに干上がったヒトデなんかを拾って遊んでいたものだ。
高校生になると、放課後に意味なくぶらついて、声かけられたり写ルンですで写真を取り合いしてみたり。大学1年の夏にFM802が開局し、その直前に試験放送が流れたんだけど、ラジカセをぶら下げてわざわざ聴きにきたり。 若い頃の青く酸っぱいエモさてんこ盛りのメモリー。
結婚して実家から離れ、もういい大人すぎるほど大人になった頃。母が体調を崩したくらいからだろうか、西行きの電車の車窓から見える須磨の海を眺めると、泣きたい気持ちになることが増えた。父の介護に関わるようになってからは、父が入居する高齢者ホームから呼び出されて複雑な気持ちで眺めたのも須磨、舞子の海だ。実家じまいのために、いわば遺品となるものを詰めて、旅行でもないのにキャリーバッグを横に置いて眺めたのもこの海岸線。
わたしはずっと車窓から見える須磨や舞子の海が大好きで、同時に胸が痛かった。
2020年12月に大きく心身の調子を崩してから、わたしは電車に乗れなくなった。母や父の3回忌なんかの法要で、どうしても西行きの電車に乗らなくてはならなかったときのことを今も覚えている。隣に夫がいてくれたが、深い孤独に押しつぶされそうに圧迫されながら、爪が食い込むほど手を強く握りしめて、目を閉じて深呼吸を繰り返していた自分は、ひたすら車中でパニック発作一秒前だったと思う。
少しずつ、心身に変化があってから、電車におそるおそる乗れるようになっても、神戸元町(自宅がある駅)から西に向かう電車にはなかなか乗れなかった。乗ろうと思えばできたと思うけど、「乗りたい」と思えなかったのだ。
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そんなわたしに「須磨行ってくるわ」と夫がこのところ西にうきうきした背中を見せながら向かうのを眺めながら(ちなみに夫はウォーキングも目的なので、バスと徒歩で須磨に行っている)、「ええなあ、わたしも須磨、行きたいなあ」なんて、ふっと思うようになったのだ。
えええ、自分が須磨に?? 行きたい???
不思議な気持ちさえしたけれど、同時に、胸がわくわくするような感触も得たのが、この連休の始めのことだった。
でもすぐ動けなかったのは、なにをするために行けばいいかわからなかったからだ。行きたい気持ちはふわっとあるけどなあ……。
いつものように自宅ソファでだらりと寝転んでスマホをスクロールしていたら、はたと気づいた。そうだ、行きたい本屋さんが須磨にある!以前から気になっていた(たぶん)小さな本屋さん。ご店主によるものらしいSNSの呟きに惹かれて、ツイッターでもフォローしていた本屋さんがある。
調べてみると最寄り駅は須磨海浜公園駅。わたしが実家を離れてからできた駅なので、下車するのも初めてだ。連休中も開いている日が多い。駅からどうやらめちゃ近くて、すぐに辿りつけそう。
よしっ。と向かったのが連休の後半のあたりのことでした。
そこは自由港書店さん。

駅と海をつなぐ道沿いにあるこぢんまりした空間で、木の床がぎしぎしなって、とにかく棚がやさしい。全棚がやさしい。一歩入った途端、すっかり心も身体もゆるゆるしてしまった。
棚を眺めていると、なぜか児童書ばかり目に入ってくる。わたしのモードもそうなってたんだろうけど、目に入りやすい並び方なんです。特に初めて目にした岩波書店の「10代からの海外文学」シリーズがブルーの素敵な装丁でもう目が離せない。10冊ほどあるものを、端から順番に一冊ずつ手に取らせてもらい1冊。 あと、やっぱり岩波書店の児童書でもう一冊(また装丁がブルーだった)。レジでご店主の旦 悠輔(だん ゆうすけ)さん少しお話できて、瞬時に癒される……。お人柄が棚のまんまだよ。